弁護士の貞永憲佑です。
SNS「Facebook」で誹謗中傷を行っていたアカウントの削除を求めた仮処分決定が大分地裁で出され、申立代理人を担当していた当事務所が大分合同新聞の取材を受けました。
令和4年9月10日の大分合同新聞(社会欄)に掲載されております。
【FBで県内の女性を誹謗中傷、匿名アカウント削除 大分地裁が仮処分決定】
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2022/09/10/JD0061655968
このページの目次
本件の社会的意義
インターネットにおいて、いわゆる「誹謗中傷(名誉毀損や侮辱などを指します)」に対抗する方法としては、発信者情報開示請求と投稿記事の削除請求の方法が一般的です。
これに対して、今回のような「アカウント自体を削除せよ」との申立てが認められることはそれほど多くなく、特に大分県内ではこれまで珍しいことでした。
個別の投稿削除を行うよりもよりも、アカウントそのものを削除させることでより迅速かつ効果的な被害回復につながるという意味で、今回の決定には社会的意義があります。
改めて、本件事案の特殊性に向き合った判断をしてくださった裁判所と裁判官に敬意を表します。
どうしてSNSのアカウント削除請求は難しいのか
表現の自由の重要性
通常、SNSのアカウントではいろいろな内容が投稿されます。
日常生活のことや、社会的問題に対する意見、そして政治的主張など、その中にはとても社会的な意義や価値のある表現も多く含まれています。
日本国憲法は第21条で表現の自由を手厚く保証しています。
それはなぜかというと、批判的な表現も含め、様々な意見が発信され、社会的に議論が生まれることでより社会をよくしていこうという機運が高まるからです。
日本のような民主主義国家では、誰かの一存ではなく、主権者である国民が代表者を通して議論を深めたうえで立法や行政が行われることが必要です。
いたずらに表現を規制したり処罰したりすると萎縮的効果が生まれてしまい、民主主義の根本が揺らぐため、表現の自由の規制には慎重な判断が必要なのだとされているのです。
SNS運営元にとっても判断が難しい問題と思われる
本件のような誹謗中傷の事案では、自分でSNSの運営元に連絡してもアカウント削除をしてくれないなどのことがしばしばあります。
ただ個人的には、これもある程度やむを得ないところがあるのだと考えています。
なぜなら、削除申請を受け取った運営元は上記のような表現の自由と個人の人権とのバランスが難しい判断を迫られることが多く、弁護士からの請求や提訴というアクションを待たざるを得ない部分があるからです。
そのためこのような決定が出たとしても、どんな場面でもSNS運営元側の対応が100%間違っているのかというと、必ずしもそうとはいいきれないと考えます。
今回の事案の特殊性
アカウント削除の仮処分が出されたのはこれが全国初というわけではなく、2018年にさいたま地裁で同様の決定が出て以降、全国規模でみるとちらほらみかけるようです。
ただ、これまでアカウント削除が認められてきたのは、被害者の氏名や写真を使って本人をかたる「なりすまし」の事例が多かったようです(あくまで弁護士個人が見聞きした情報を元にしての所感です)。
今回の大分地裁による決定は、誰かになりすますアカウントに対するものではなく、特定の人物を批判するためだけの目的で作られたアカウント(いわゆる「捨て垢」「捨てアカ」と呼ばれるもの)に対するものであった点で若干の珍しさがあるものだと評価しています。
一弁護士の意見としては、どちらのケースでも「誰かの人格権を侵害する目的」で作成されたアカウントには存在価値はあまりないのではないかと思います。
今回のような、平穏に暮らしている一人の市民を貶めること目的で行われる投稿や、そのような投稿を行うために作られただけアカウントには、表現の自由の保障を強く及ぼす必要まではないと考えるからです。
他方、「議論をする目的」は守られるべきだと思いますし、「アカウントを分ける」という運用は、Twitterを始め多くのSNSで行われています。
たとえば「政治的な意見を発信し、色々な人と議論をすることを目的とするアカウント」が作成され、政治的な投稿や返信が強い口調で行われていたとしても、そのようなアカウントは削除されるべきではないのではないのでしょう。
おわりに
私はかねてから、インターネットの普及に伴って人々が表現の自由や議論するということと向き合い、それぞれが「表現の自由2.0」へのアップデートを行う必要があると考えてきました。
インターネットの普及によって、表現行為はこれまでの出版や放送に比べて圧倒的に敷居の低いものになりました。
これはとても素晴らしいことで、「議論をして社会をよくしていこう」というアクションをとれる人の数が増加することを意味します。
しかし、言論の自由市場とも呼ばれる議論の場の規模が大きくなったからこそ、「議論の仕方」がとても大切になりました。
これまでテレビに向かって家族にしか聞こえない場所で言っていた言葉も、インターネットに投稿すれば世界中の人に届きます。
今後とも、インターネット問題の弁護活動を通して、被害者の救済とともに表現の自由の進化過程を見届けていけたらと思う所存です。
当事務所では、インターネットによる名誉毀損などの問題を取り扱っております。
主に大分県をはじめ、九州の方からのご依頼を受けることが多いです。
http://sadanaga-law.com/field/defamation/
【メディア各位】
なお、本事件に関する取材は、問い合わせフォームよりご連絡ください。